リハラボ

知っておくと役に立つリハビリの知識を紹介

効果的なストレッチができていますか?ストレッチの効果を検証する方法とは?

はじめに

ストレッチは、スポーツやリハビリテーションに携わる人にとって、もっとも行う頻度の高い運動のひとつといえるでしょう。

 

ストレッチの目的は、筋や関節の柔軟性を高めることによって傷害を予防したり、日常生活の動作をスムーズにできるようにすることです。

 

さらに、筋の柔軟性を高めて緊張が緩和されれば血流が改善し、老廃物の排泄や新陳代謝が促進されます。筋緊張が緩和されることで、精神的なリラクゼーション効果も期待できます。

 

長時間のデスクワークや肉体労働をした後に、肩や腰などのマッサージをしてもらうと、その部位が温かくなって軽くなったように感じたり、精神的にも楽になったりすることがありますが、そのようにイメージすると効果が実感しやすいと思います。

 

ストレッチはこのような主観的な効果も大切なのですが、「柔軟性を高める」という大きな目的がありますので、客観的な効果が伴わなければなりません。

 

特に、スポーツやリハビリテーションのような科学的根拠が求められる領域では、客観的な指標による効果の検証が必要になります。

 

その一方で、柔軟性を高めることによって運動のパフォーマンスを変化させることがストレッチの目的であるという考え方もあります。

 

運動のパフォーマンスの変化は、客観的なパフォーマンステストを用いることもありますが、日常的には理学療法士などの観察によって検証されています。

 

ストレッチの効果を検証するにあたり、観察を中心とする方法と客観的な指標を用いる方法は、どのように使い分ければよいのでしょうか。

 

観察を中心とした効果の検証

私たちは人の動きをみたときに、「体が硬そう」とか「動きが硬い」と感じることがあります。専門的には、「股関節が伸展していない」とか「屈筋の筋緊張が亢進している」といった見方をすることもできます。

 

人は複雑なパターンの組み合わせで動いていますが、片麻痺などの運動障害があると単純なパターンを利用した動作が多くなるため、柔軟性の低下が起こりやすい部位にもある程度のパターンがあります。

 

経験豊富な理学療法士・作業療法士は、動作を観察することによってそれらを把握し、どの部位の柔軟性が低下しているのかを見分けることができます。ストレッチの前後で柔軟性や運動のパフォーマンスがどのように変化しているのかも、同じように見分けています。

 

このような見方をトップダウンといいます。

 

トップダウンとは、既にもっている知識や経験の枠組みを利用して情報を解釈し、仮説検証的・演繹的に情報を処理するプロセスです。

 

トップダウンによる情報処理は、認知的な負担が少なく効率的な介入を行うためには非常に役に立つのですが、合理性や正確性に欠けることが多く、ストレッチの効果を検証するうえでは次のような問題があります。

 

他動運動と自動運動

柔軟性の低下は関節可動域の制限を意味していますが、関節可動域には他動運動による関節可動域と自動運動による関節可動域があります。

 

他動運動による関節可動域は筋や関節の柔軟性を反映し、自動運動による関節可動域は筋力を反映しています。

 

例えば、肩の腱板断裂では自動運動による関節可動域は制限されますが、他動運動による関節可動域には制限は生じません。腱板断裂は、筋の一部である腱の損傷であり、関節そのものの構造には損傷が起こらないためです。

 

つまり、自動運動による関節可動域が制限されても、他動運動による関節可動域が制限されるとは限らないのです。

 

観察によってみることができるのは、ほとんどの場合は自動運動による関節可動域です。そのため、それだけで問題が柔軟性にあるのか筋力にあるのかを判別することは、かなりの熟練が必要になるでしょう。

 

代償運動

関節可動域や筋力が低下した状態で動作を遂行しようとすると、それを補うために代償的な運動が起こります。

 

例えば、手関節に可動域制限がある状態での食事動作では肩関節の外転が起こったり、膝関節の屈曲ができない状態で歩行をすると股関節の外転や骨盤の挙上が起こったりします。

 

特に、体幹・骨盤・肩甲骨といった体の中枢に近い部分に起こる代償運動は見分けるのが難しく、実際に触ってみてはじめて分かるということもあります。

 

記憶の錯覚

Chabrisらはその著書で,「人は自分が予期するものを見る。(中略)期待がある場面に意味をあたえ、その解釈が記憶に色をつける。」と述べています。

 

「ストレッチの後だから柔軟性が高まっているはずだ」という期待を持っていれば、関節可動域が拡大しているように見えてしまうこともあるでしょう。

 

固定観念(ステレオタイプ)が観察に影響を及ぼすこともあります。私たちは固定観念というフィルターを通して物事を見たり聞いたりしているため、歪んだ解釈を生んでしまうことがあります。

 

「患側の骨盤は後方に回旋するので股関節の伸展に制限が出る」という固定観念を持っていれば、そのように見えてしまうかもしれません。

 

固定観念は認知的な負担を少なくして効率的な介入を行うためには必要なものですが、それが誤った解釈につながる可能性があることは自覚しておく必要があります。

 

客観的な指標による効果の検証

筋や関節の柔軟性の客観的な指標として最も一般的な方法は、関節可動域の測定です。

 

特に筋の柔軟性を評価する場合は、多関節筋や筋緊張の影響を考慮しながら個々の関節の可動域を測定して、関節運動に関わる筋の柔軟性を評価します。

 

この際に、最終可動域での抵抗感、つまり最終域感(end feel)も柔軟性を評価するうえでは重要な手がかりになります。

 

筋緊張の程度は、Modified Ashworth Scaleを使用すれば客観的な数値で表すことができます。

 

運動のパフォーマンスによって柔軟性を評価する方法も数多く開発されていますが、その代表は長座体前屈です。

 

長座体前屈は、文部科学省による体力テストに柔軟性の指標として採用されているほか、高齢者の介護予防の評価にも用いられています。

 

さらに、近年では三次元動作解析システムによる動作分析が実用化されており、動作にともなう関節運動を視覚化・数値化して表すことができるようになっています。

 

これらの方法を用いれば、どの部位にどの程度の関節可動域制限が存在し、柔軟性に影響を与えているのかを正確にみることができます。

 

このような見方をボトムアップといいます。

 

ボトムアップとは、既有知識や経験に頼らず、要素的な情報を積み上げることで帰納的に情報を処理するプロセスです。

 

ボトムアップによる情報処理は時間も労力もかかりますが、正確性が求められるような場面ではこのような情報処理過程が選択されます。そのため、状況に応じてトップダウンとボトムアップの情報処理を使い分ける必要があります。

 

まとめ

ストレッチをはじめとするさまざまなトレーニングは、科学的根拠にもとづいて実施することが求められるようになってきているため、その効果の検証も科学的な方法で行われる必要性が高まっています。

 

しかし、リハビリテーションやトレーニングの現場で、毎回のように詳細で正確な評価を行うことは現実的ではありません。

 

トップダウンとボトムアップという情報処理過程は、どちらが優れているというわけではないため、必要に応じて両者を適切に使い分けるスキルを身につけることが大切です。

 

(参考文献)

栗山節郎,川島敏生:新・ストレッチングの実際.南江堂,2003.

森津太子:現代社会心理学特論.放送大学大学院教材,2017.

藤永保,仲真紀子:心理学辞典.丸善株式会社,2005.

Christopher Chabris,Daniel Simons:錯覚の科学.文藝春秋,2011.